ホームページリニューアル!

昨日、2026年1月7日にリニューアルしたホームページを公開しました。早速たくさんの人が訪問してくださって、とても嬉しいです。ありがとうございます。
(昔懐かしいカウンター機能付き。キリ番踏んだらおしえてくれます!)


今回、GoogleのAntigravityというAIエージェントにあれこれ指示を出して、プログラミングを行うソフトをつかってウェブサイトをつくりました。
私自身はプログラミングはまったくできない素人ですが、AIと対話しながらで実装とチェックと対話を根気強く繰り返すという方法です。

実際自分はどういうふうに動いてるかわからないので、エンジニアの方々がとんでもないことをやっているのだと改めて感じ、リスペクトしかないです。

今回、ほとんどホームページに常駐するマスコットキャラクターの実装に時間をつかっていました。小さい頃からデスクトップペットみたいのが大好きで、いつか自分でつくってみたいと思っていたので夢を叶えた状態です。みんなで言葉を覚えさせてください、いっぱい覚えさせるとなにかあるかも・・・?
あと、PCのひとは右クリック、スマホの人は長押しでメニューが出ます!

SNS全盛期の時代に個人ホームページを充実させる意味があるのか分からないですが、アルゴリズムの速さから外れた、ゆったりとした情報発信の場として動かしていきたいと思っています。たまに思い出したときに スーニャとお話しに来てくれたら嬉しいです。(ぜひブックマークしてください!)


こんなのもつくりました。昔懐かしいホームページ用のバナー、どこにあるかは内緒です。

映画「トレイン・ドリームス」

ずっと気になっていた、Netflixで配信されている映画「トレイン・ドリームス」を観た。
20世紀初頭のアメリカ。孤児として生まれ、季節労働者として鉄道を敷き、伐採の仕事をする男の一代記だ。

3:2のの画面で作られた画が美しくて一気に引き込まれる。アイダホ州の雄大な木と森、それを伐採するアメリカの労働者たち。

主人公のロバートは、そんな労働者の中にいながらマッチョさを感じさせない寡黙な男。ただひたすら季節労働者として鉄道を敷く、森を切り開く。恋に落ちたグラディスと自分たちで建てた家につつましく暮らす。

そんななかで他者に、自分に、まったく理不尽な出来事が度々降りかかる。人種差別、事故、火災。なぜそんなことが起きるのかわからない。わからないままロバートは生きることに翻弄されていく。樹齢500年の大木を切っているせいか、ひどい人種差別を見過ごしてきたからか…

そんな”わからなこそ”が生きることそのものだと思える。そして、宙ぶらりんになっていく。
その宙ぶらりんに何かを見出す展開の美しさに感動してしまった。

メインの舞台が森なので、人間と自然の絡まりあいの描かれ方がとても良かった。雄大な森は、”どこが終わりでどこがはじまりか分からないもの”と語られていて、自然の本質だと感じる。私たちは、どうしてもが理解できないから、はじまりと終わりをつい見つけてしまう。そして露頭に迷う。そこを一度手放せたらどんな気持ちになるんだろうか。なんて考えながら観ていた。

アドルフォ・ヴェローゾさんの撮影が素晴らしくて思わずインスタをフォローしちゃう。
主演のジョエル・エドガートンはずっとどこかで観た顔だなーと思っていたら、『スター・ウォーズ 新三部作』のオーウェン叔父さんじゃないか!そして奥様役のフェリシティ・ジョーンズは 『スター・ウォーズ ローグ・ワン』のジン・アーソだ!
もうスター・ウォーズのスピンオフだこれ!とひとり盛り上がってしまった。 是非観てね。

撮影監督アドルフォ・ヴェローゾさんのインタビュー。

そういえばスタートレックのドラマシリーズがNETFLIXから消えてしまうらしい。なんて理不尽なんだろう…
まだ『ディープ・スペース・ナイン』の途中だったのに…。

「けもの道の歩き方」著:千松信也

辰野町のもう使われなくなった図書館にできた新しい「本屋 山山」さんで買った「けもの道の歩き方」(著:千松信也、リトルモア、2015)を読んだ。

京都でわな猟をやっている著者が、猟師の視点から日本の自然を語るエッセイ集。シカやイノシシといったお馴染みの動物ごとに、その動物の生態、狩猟について、経験談が書かれている。長野には住んでいて、近くに狩猟をやっている人はいるけれども、全く知らない世界を覗き込める。

猟師としての自分が、狩る対象と同じく動物なのだと感じる場面がすごくよくて、狩猟期間がはじまってしばらくして慣れてくると、森の雰囲気で獲物が捕れているかどうかが分かるようになってくるという

「極端な話に聞こえるかもしれないが、小枝が一本ずれていたり、葉っぱが一枚裏返っているだけでも獲物の動きが伝わってくる。」(同書、60ページより引用)

以前 、読んだ「ヘタレ人類学者 沙漠へいく」(著:小西公大、大和書房)には、インドの沙漠の民が月明かりの下で狩りをして日本からきた著者が何も見えずに困惑する描写があった。テクノロジーによって得られる恩恵とともに、人間が失った能力について考えずにはいられない。

シカやイノシシ以外にも、里山で暮らす動物についての狩猟体験や歴史が書いてあるのもとてもよかった。タヌキ、アナグマ、アライグマ(日本にも生息してる!)それに鳥たち。ドバドが飛鳥時代にヨーロッパあたりから日本にきた鳥だなんてしらなかった。そんな動物や森、狩猟に関する事実、歴史が、細かい出典元とともに載っているのも魅力的だ。読みたい本が増え続けちゃう。

なにより著者の千松さんが、動物の命を奪うことについてぐるぐると考え続けていて、そのぐるぐるとした考えがそのまま綴られているのがとてもよい。そして、福島での原発事故後の放射能が野生動物にどういう影響を与えるかを書いた章は大変読み応えがあった。

コロナのとき人間たちがいなくなった中目黒の町でタヌキやハクビシンをみかけて嬉しかったのを思い出す。野生化したインコの群れたち、目黒川では誰かが捨てた亀たちが甲羅干しをしていて。大都会にもそういう生態系があって、ずっと眺めていた。

今、私は長野で毎日散歩をしている(ダイエット!)別に山奥にいくわけじゃないけど、カモシカをみたことがある(微動だにしないので誰かが森に放置した現代アートかと思った)、シカ、キツネ、タヌキはほとんど夜にしかみない。子連れの猿の群れ、キツツキ、まるで道案内をするかのように飛ぶセキレイ、昨日はキセキレイをみかけた。鮮やかな黄色が森に映える。まだ植物のことは詳しくない。知りたいことが身近にあって、それが増えていくのがとてもうれしい。

大晦日

小さいころ、「どうしても初日の出が見たい!」とダダをこねていた私に、母が”初日の出”というものは、元旦にみる日の出のことであって、現象としてはいつみても同じものだと説明して、早朝に出かける面倒を見事に回避した。そのときに、私の中でなにかずっと特別感を抱いていたお正月の幻想がおおきく崩れたことを覚えている。お正月は、地球全体を巻き込む巨大な自然現象かなにかだと思っていたのに!

今思えば、我が家は、正月に対して割とドライで12月31日でも、両親は普通に0時を回る前に就寝していた。成人式に対してもなんで成人したどうかを国に決められにゃならんのだというスタンスだったし。クリスマスや誕生日を祝うイベントも早めになくなった。
とにかく、社会の共同幻想に全然のっからないノリのわるいおうちだった。

私はといえば、クリスマスや年末年始で町が浮かれる雰囲気は、とても好き。だけど大晦日はちょっと苦手で、1年という区切りを強制的にシャットダウンされてしまうのがつらくて目を背けたくなってしまう。やっぱり毎年できなかったことばかりだらけだし。そもそも、1年365日なんて区切りを勝手に決めないでほしい!人間の勝手すぎる!猫は正月とか意識してないし!という、わがままから、なるだけ普段通りに過ごそうと努力してしまう。そんなわけで、アニメーションつくりをつづけていた。それについては、また次の日記で書こうかな。

30日は、富士見町の近所のうどん屋さん「やまゆり」にて、ジム・オルークさん、石橋英子さん、山本達久さんによるバンド、『カフカ鼾』のライブがあった。「やまゆり」は「悪は存在しない」(監督:濱口竜介)にも出てくる、古民家のうどん屋さん。そんないい場所でいい音を浴びさせてもらって、とても気持ちが良かった。富士見町という小さな町だけど、色んなところで素敵なイベントを企画をしてくれてほんとにハッピーだ。
そのあとは、信濃境駅というしずかーな駅に最近できたカラオケスナックに富士見町の酔っ払った人たちが次々にあつまって大忘年カラオケ大会となった。

31日は、朝からずっとBlenderをいじっていて、夕方からは富士見に残っているみんながおうちに集まって、紅白をみながら年越し手巻き寿司パーティ。紅白は知らないひとばかりだけど、みんなかっこよくてびっくり。なんだかんだ、けん玉とドミノはめちゃくちゃ盛り上がる。VaundyってバンドじゃなくてVaundyさんなの?アイナさんの紅白もみれてよかった。あと、米津玄師のパフォーマンスがものすごくかっこよかった(ずっと”げんし”だとおもってた)。松田聖子さんの歌声に聴き惚れて、例年通り、紅白の勝敗システムに疑問を呈した。

来年は午年らしくて、そういえば一昨年の12月はジョージアにいて、駅前の露店でたくさんのヘビグッズがあってなにかと思ったら「来年は、巳年だから」って、ジョージアでも干支を使ってるんだ!という驚きと干支って、年末年始以外ほぼつかわないよな、と思ったりした。

みんなが帰ったあとは、自分の中で大晦日感を払拭し、1年という区切りなんかのことを忘れるためにBlenderを触っていた。とても静かな夜で、朝4時くらいまで作業をした。

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