寒波と諸星大二郎

深夜1時30分。

ビッグコミックに諸星大二郎の特別読み切り載っているとのことで、作業の休憩ついでにコンビニへ向かう。

寒波がビリビリと肌を刺す。細かい雪が舞っている。足跡を残すことに罪悪感を感じるくらいになめらかな薄雪が地面を真っ白に染めている。雲で覆われた山の奥には、スキー場の明かりがぼんやりと連なっている。雪がすべての光を反射して、街灯の少ない田舎道なのに明るく感じる。

長野に引っ越してきて、冬のとてつもない寒さにも慣れてきた。冬の空気は景色の輪郭をはっきりさせてくれる。突き刺すような冷たい空気で肺をみたすと脳みそがすっきりする。湯たんぽであたためた布団で寝るきもちよさったらない。夏よりは冬が好きになってきている。

帰り道、獣の足跡を見つける。キツネかと思ったが、キツネ特有の一直線の足跡ではなかったので猫かもしれない。猫にしては小さいのでタヌキかも。分からないけど、何がしらがこの道をついさっき横切ったみたい。

冬の夜道はそういう時間が刻まれるのがいい。

ストーブの前で諸星大二郎の読み切りを読む。宇宙船が舞台の不条理ミステリー。諸星大二郎の絵柄はなぜこんなに良いのか。
今度『諸星大二郎短編集成(全12巻)』が販売されるらしい。

めちゃくちゃ欲しいので、頑張ってはたらきたい。

小説『すべての見えない光』

1月11日 午前5時30分。

友人からおすすめしてもらった小説『すべての見えない光』(著:アンソニー・ドーア、ハヤカワepi文庫)を読み終える。
以前、日記にも書いたとおり厚切りパンみたいな文庫本で、全く読み終える自信がなかった。予備知識もなく、あらすじも分からない状態で読みはじめ、700ページもある文庫本を一気に読み終えてしまった。わたしにとっては、結構とんでもないことです。


全てのページを読み終えて本を閉じ、その表紙を眺める。その質量を充分に感じたあとに、少し深めに息を吐きながら、小説の中の景色に思いを馳せる。「読むことができて良かった……」と心の底から思う。10秒後に、これが読後の余韻ってやつか!とハッとする。

小説の舞台は、第二次世界大戦中、ドイツ軍の侵攻が迫るフランス。パリに住む盲目の少女マリー=ロールと、ドイツの孤児院で育ち、科学の才能に長けた少年ヴェルナー。二人の人生の間を行き交うように、物語が進んでいく。

戦争によって奪われていく自由、科学の素晴らしさと、それが否定され人殺しの技術として転用されてしまう世界、絶望のなかにある人々の優しさと裏切り、道端に転がる暴力の数々、抵抗と希望、電波、音楽……。ありとあらゆるものがここには、詰まっていた。

小説は全体を通して、1ページから10ページほどの短い断章の連続で構成されている。「長編小説を読むのは自信がない」という人にとっても、たぶん読みやすい。しかも、その断章の締め方が毎回めちゃくちゃ切れ味がよくて震える。「こんなにかっこいい文章があるか!?」と、うっとりしながら読み進めてしまう。

戦争の物語なので、悲惨で重苦しいものではある。
あるのだけれど、二人の主人公がどのような人生を歩んでいくのかを見届けていくなかで、子供の頃にこっそり聴いた外国のラジオ放送、パリの博物館にある「呪われたダイヤモンド」の行方とそれを追うナチスの上級士官(こいつの怖さの描き方がすごい!)、ヒトラーユーゲントのスパルタ学校で友と生き延びようとする生活、ドイツ軍に占領された街でどうにか抵抗しようとする女性たちの暗躍……といった、ワクワクとハラハラのエンタメ要素がふんだんに盛り込まれている。

そして、それらが「すべての見えない光」というタイトルに収斂されていくのだから、最後の方はもう大変だった!

この本を読み進めている間に、トランプがベネズエラに侵攻し大統領夫妻を拉致し次はメキシコへ武力行使をすると宣言した停戦しているはずのイスラエルは、再び(数え切れないほどの「再び」だ)ガザ地区へ空爆を行った日本政府がイスラエル製の武器を241億円分も購入していたことが分かった(こうして、わたしたちは虐殺に加担した。最悪だ)イラン全土で反政府デモが拡大し、ネットが切断され、司法当局がデモ参加者を「神の敵」として死刑に値すると表明した

現実の世界では、もうこれ以上はないだろうという「最悪」が日々更新されている。
小説のなかでは、主人公がパリから避難した街サン・マロもナチスに占領されていく。当たり前だったことが次々に奪われていく。

「マダム、わたしらは危ない目にあいそうでも、ダチョウのように砂に頭を突っ込んでいるのかい? それとも彼らがダチョウなのかい?」
「みんながダチョウなのかもしれないね」 と彼女はつぶやく(同書、p236より引用)

実際のところ、「ダチョウが危険を感じたら、砂に頭だけを隠して、何事もないことにしてやり過ごす」というのは俗説でしかない。それ(オーストリッチ効果)をやるのは、人間だけなのかもしれない。

もう砂から頭を出さないといけない、なにもかも手遅れになる前に。そんなことを考える。

この小説を読み終えるまで、舞台になったサン・マロのことなどを調べたりするのは控えてみた。小説の情報だけで、自分の頭の中に映像を作り込んでみたかったからだ。
これから、映像化されたものを観てみよう。小説を読みながら頭のなかで観ていた景色とどのくらい違うのか、原作をどう映像にしていくのか。そういう楽しみ方をしてみたいと思う。

 

アンソニー・ドーアは新作『天空の都の物語』が邦訳されたばかりなので、そちらも読んでみたい。
アンソニー・ドーアの公式サイトにQ&Aなどがあって、それがなんだかよかった。

「けもの道の歩き方」著:千松信也

辰野町のもう使われなくなった図書館にできた新しい「本屋 山山」さんで買った「けもの道の歩き方」(著:千松信也、リトルモア、2015)を読んだ。

京都でわな猟をやっている著者が、猟師の視点から日本の自然を語るエッセイ集。シカやイノシシといったお馴染みの動物ごとに、その動物の生態、狩猟について、経験談が書かれている。長野には住んでいて、近くに狩猟をやっている人はいるけれども、全く知らない世界を覗き込める。

猟師としての自分が、狩る対象と同じく動物なのだと感じる場面がすごくよくて、狩猟期間がはじまってしばらくして慣れてくると、森の雰囲気で獲物が捕れているかどうかが分かるようになってくるという

「極端な話に聞こえるかもしれないが、小枝が一本ずれていたり、葉っぱが一枚裏返っているだけでも獲物の動きが伝わってくる。」(同書、60ページより引用)

以前 、読んだ「ヘタレ人類学者 沙漠へいく」(著:小西公大、大和書房)には、インドの沙漠の民が月明かりの下で狩りをして日本からきた著者が何も見えずに困惑する描写があった。テクノロジーによって得られる恩恵とともに、人間が失った能力について考えずにはいられない。

シカやイノシシ以外にも、里山で暮らす動物についての狩猟体験や歴史が書いてあるのもとてもよかった。タヌキ、アナグマ、アライグマ(日本にも生息してる!)それに鳥たち。ドバドが飛鳥時代にヨーロッパあたりから日本にきた鳥だなんてしらなかった。そんな動物や森、狩猟に関する事実、歴史が、細かい出典元とともに載っているのも魅力的だ。読みたい本が増え続けちゃう。

なにより著者の千松さんが、動物の命を奪うことについてぐるぐると考え続けていて、そのぐるぐるとした考えがそのまま綴られているのがとてもよい。そして、福島での原発事故後の放射能が野生動物にどういう影響を与えるかを書いた章は大変読み応えがあった。

コロナのとき人間たちがいなくなった中目黒の町でタヌキやハクビシンをみかけて嬉しかったのを思い出す。野生化したインコの群れたち、目黒川では誰かが捨てた亀たちが甲羅干しをしていて。大都会にもそういう生態系があって、ずっと眺めていた。

今、私は長野で毎日散歩をしている(ダイエット!)別に山奥にいくわけじゃないけど、カモシカをみたことがある(微動だにしないので誰かが森に放置した現代アートかと思った)、シカ、キツネ、タヌキはほとんど夜にしかみない。子連れの猿の群れ、キツツキ、まるで道案内をするかのように飛ぶセキレイ、昨日はキセキレイをみかけた。鮮やかな黄色が森に映える。まだ植物のことは詳しくない。知りたいことが身近にあって、それが増えていくのがとてもうれしい。

「ヘタレ人類学者、沙漠をゆく」

人類学者である小西公大さんによる「ヘタレ人類学者、沙漠をゆく 僕はゆらいで、少しだけ自由になった。」を読んだ。

とにかく好きな言葉がたくさん出てくる本だ。冒頭からすごい「なぁ、コーダイ。世界は全部、風によってできていると思わないか?」なんだかわからないけどすごい!(そしてなんとなく分かってくる。)

フィールドワークを通して人類の隠された文化の秘密を解き明かすスマートな人類学者!そんなイメージを覆す、フィールドワーク中の失敗やヘタレ具合を隠さずに綴った軽快な”物語”だ。大学の恩師からうけた「世界の異質さを存分に味わって、もみくちゃにされて自分を壊してきなさい」という説教をきっかけにインドへ旅立つところから物語がはじまる。「自分探し」じゃなくて「自分壊し」の旅なのがとてもいい。

90年代のインド、ビビりすぎてホテルに引きこもってしまう小西さんに笑ってしまうし、それを全部書いてくれるのがとてもいい。さまざまな出会いから沙漠の村へとたどりつく。最初は歓迎されるも1週間も経つとみんな慣れて普通にめちゃくちゃ怒られたりするし、私物は共有財産みたいになっちゃうし、誰も「ありがとう」 とか言わない。羊を殺すための儀式や、コブラの毒を治療してまう呪医、真夜中の狩猟(著者だけが暗すぎて何も見えない)、想像もできない世界のエピソードが立て続くものだからページをめくる手が止まらない。そして、それらの出来事に対して先行研究などをふまえた解釈を添えてくれるのも人類学の本としても有り難い。

この本で重要なキーワードになるのが「怒り」だ。怒られること怒ること、インド社会での怒りの表出の仕方から個々人の違いを乗り越える視点を導き出しが素晴らしくて感動した。

 

『県警対組織暴力』

作業をしていたら、Youtubeで『県警対組織暴力』(1975年/監督:深作欣二/脚本:笠原和夫)が公式チャンネルから無料ライブ配信されていて、途中からだったけど、つい観てしまう。

ろくでもない警察とろくでもないヤクザのブロマンス映画である。改めて観ると、演出も構図も素晴らしい。
癒着していた警察とヤクザの仲が壊れていくシーンなんか、啖呵によるパワーバランスの変化が美しい構図で動的に演出される(しかも長回し!)、テレビから流れる「こんにちわ赤ちゃん」をBGMに血みどろでのたうち回る暴力シーンなんかものすごい。菅原文太と松方弘樹の顔の演技が暑苦しくていい。

友達がおすすめしていた小説『すべての見えない光』(アンソニー・ドーア)が届く。厚切りパンみたいな文庫本で最後まで読めるか心配。読み終わったらNETFLIX版のドラマを観よう。

読みたい本が多すぎる

読みたい本を読んでていたはずなのに、いつのまにか興味が移って別の本を読んでいる。そんなこんなで積読がたまってしまっている。

昨日の夜は「先住民から見た世界」「ヘタレ人類学者、砂漠をゆく」スパニッシュホラーの短編を1章づつ読んで眠りについた。全部が混ざった変な夢をみた。

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